構築と運用と孰(いづ)れか難(かた)き。

こんにちは。今年6年生の息子の運動会で張り切ってビデオ撮影していたら腕から顔から真っ赤で酔っぱらいみたいな風体でこの記事書いてます。
熱中症ですかね、少し頭痛もしてきて、まさしく酔っ払い状態。といっても酒飲めませんけどね。
ほぼ100%の方に「めちゃくちゃ酒飲みそう!!」と言われますが、ビールはコップ半分で酔います。飲めたとしてカルーアコーヒーと養命酒ぐらいです。
養命酒でも顔が真っ赤になる”見かけに依らなさすぎる”平田です。

タイトルは「創業と守成と孰(いづ)れか難き。」という唐の太宗(李世民)の言葉をWEBサイトの構築と運用に置き換えて表現しています。
この「創業と守成と孰(いづ)れか難き。」という言葉は【創業守成】という四字熟語の成り立ちの際の逸話のなかで出てきます。
創業守成という熟語の意味は「何事も新しく始めることよりも、始めたことを軌道にのせて守っていくことのほうが難しい(=創業は易く守成は難し)」という意味ですが、だからといって、「構築は易く、運用は難し」と言いたいわけではありません。

構築は構築で難しく、運用には運用の難しさがあります。
それをお伝えするためにも、実際のこの熟語が生まれたさいの逸話を以下に(現代語訳ですが)ご紹介します。

創業と守成と孰(いづ)れか難き。

唐の太宗がある時、近臣に尋ねた。
「国家の大業を始めるのと、すでにある大業を守って失わないようにするのとでは、どちらが難しいだろうか。」

房玄齢が言った。
「天下が乱れ世の秩序が整わないときは、多くの英雄たちが力を競って勝敗を競い、勝った方が負けた方を臣下とします。創業のほうが難しいかと存じます。」

すると魏徴はこう言った。
「昔から帝王たちは天下を苦難の中から得て、安楽に流れて怠けることで失っております。
ですから、守成のほうが難しいと存じます。」

(最後に)太宗はこう言った。
「玄齢は自分といっしょに天下を取り、何度も死ぬような危険な目にあいながらも、かろうじて生き延びることができた。
だから創業の難しさを知っている。
また、徴は自分といっしょに天下を治め、心がおごってぜいたくになることは富貴から生まれ、世のわざわいや乱れは物事をおろそかにするところから生まれることを常に恐れている。
だから守成の難しいことを知っている。
しかし、創業の困難は過ぎ去った。
守成の困難は今から諸侯とともにおろそかにしないようにしたいものである。」
参照「漢文塾-十八史略「創業守成」現代語訳

構築の難しさ

僕はどちらかというと構築は苦手です。
でも、人に依っては運用が苦手という方もいます。
運用は継続と置き換えてもいいでしょう。

構築はそのままWEBサイトの構築としてお話をしますが、これが簡単と言えるとしたら、よほどいい条件が揃わないと「簡単」とは言えないのかな、と。
クライアントのWEBリテラシーの高さ、潤沢な予算、優秀なスタッフ、少ないページ数、揃った原稿・・・まぁ、ほぼ有り得ないです。

まして、ある程度の規模になってくると、WEBサイト構築だけじゃないですが、絡む「人(部署とも言える)」が増えます。
WEBサイトの場合、様々な部署を串刺しにしての横の連携が必要となりますが、縦型組織が多い日本社会ではなかなか上手くことが運ばないことがあります。
構築におけるプロジェクトにはそれはそれで難しさがあります。

運用の難しさ

そして、WEBサイトは特に作って終わりとなるパターン(あとよくあるのは高機能・多機能だけど結局使いこなせないパターン)がまだまだあって、それはわざとそうしているのではなく、運用するにも運用の知識がなかったり、間違っていたり。勉強して取り組もうにも何から学んでいいかもわからない、調べようにも調べ方がわからない・・・。

それでもやろうとしているが、所謂「兼務」でWEBサイト運用を担当しているため、本来の自分の業務が優先であり、兼務の実務実際には後回し。
会社や自分の周囲もリテラシーが高くないので、実は頑張っているけど表面上の数字しか見てもらえなかったり、理解がされなかったり・・・。

構築と運用と孰れか難き

故に「構築と運用と孰れか難き。」となるわけです。
ただ、構築は制作会社ですし、運用は基本はクライアントですからね。この2つを同時に味わうってのはそうそうない、とは思いますが。クライアント側のWEBサイトの担当者(構築から携わる方)はこれに該当する部分あるでしょうね。自分の指示や伝達が間違っていたら、制作側もその間違った指示で作ってしまいます。制作側も確認しながら進めますけどね、もちろん。

WEB制作に置き換えるとこんな感じ?

先程の書き下し文をWEB制作に置き換えるとこんな感じでしょうか。

制作会社の社長がある時、部下に尋ねた。
「大手クライアントのサイトリニューアルを始めるのと、すでにある大手クライアントのサイトを運用して(アクセス数や売上を失わないように)するのとでは、どちらが難しいだろうか。」

プロデューサー(営業さんのほうがしっくりくるかな・・・)が言った。
「クライアントの意見がまとまらず、スタッフの準備が整わないときは、クライアントの各部署が競って自部署の要望を伝え、強い部署が弱い部署の意見を却下します。構築のほうが難しいかと存じます。」

するとディレクターはこう言った。
「昔からクライアントたちは作ることに満足してしまって、その後の運用体制を考えていないでアクセス数や売上を失っております。ですから、運用のほうが難しいと存じます。」

(最後に)社長はこう言った。
「プロデューサー(若しくは営業さん)は自分といっしょにクライアントを説得し、何度も頭を下げて、時には罵声をあびながらも、かろうじて納品することができた。
だから構築の難しさを知っている。
また、ディレクターは自分といっしょにクライアントを訪問し、作って終わりではなく、作ってからがスタートであることを知っており、サイトの不具合やアクセス、ユーザーの減少を常に恐れている。
だから運用の難しいことを知っている。
しかし、構築の困難は過ぎ去った。
運用の困難は今からクライアントとともにおろそかにしないようにしたいものである。」

ってとこでしょうか。